「最初目がさめて、ババアが包丁を研いでたときは食われると思った」
ニケは旅支度を終えて、ゴクリばばあを振り返る。
「そこにあるチーズとパンをとれ。包丁くらい誰でも使うじゃろ」
「ババア、最後の頼みごとがそれでいいのか?」
「さっさと取らんかい。腹が減って仕方がない」
ごくりババアには恩もあれば、恨みもある。
それでもこんな時くらい、挨拶させてくれればいいものを。
「姉は死んでるぞ。それでも探しにいくのか?」
ゴクリばばあの言葉は至極もっともなものだ。
それでも門出の言葉としては最悪のものだった。
ニケはさようならも言わずに、ゴクリばばあの家を出た。
村のはずれにはいじめっこのポールとニックがいた。
自分が剣を携えているのを見て、彼らは警戒した。
「村を出て行くだけだ」
そう言うニケに、いじめっこのポールのニックは、乾パンと水筒を食いかけの状態で渡してくれる。
食いかけかよ……とニケは思った。
「最初の村までかなり距離があるし、腹減るだろうから」
たしかにそうかもしれない。
「まさか出て行くとは思わなくて……外は危険だし」
ニケは黙って彼らの前を通り過ぎる。
頭の中には初めてここに来た日の、ゴクリばばあとの会話が思い浮かんでいた。
「俺はルネを助けに行く! 斧があれば!」
「斧で何ができる? そこのツーハンドソードくらい握れるようになってから言いな。それまで薪割りだよ、あんたは」
ニケはツーハンドソードをぎゅっと握り、ぐっと腕を伸ばして手首で動かしてみる。
「片腕で握れるようになっちまったな。このなまくら剣」
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